(2010/02/10)
第142回 直木三十五賞受賞作品
12月から1月、仕事に追われてバタバタ(この場合、なぜか『バッタバタッ』と発音する人多し)の社内を尻目に自分は社外の忘年会、新年会を怒涛の勢いで駆け抜け、その間には近場の温泉宿で数日を過ごしたりもした。
あちこちでお酒を飲んだり大騒ぎをしていればそのときはものすごく楽しくて、いろいろな厄介ごとをつかの間忘れてみたりする。サラリーマンになってずっとこうして時間をやりすごして、年齢だけを重ねてきた。大切なことや、やらなければいけないことを置き去りにしてきた。そして40歳を過ぎた。人生を一日に例えれば昼下がりだろうか。移動の時間などのふとした空き時間になんだかそんなことを思うことが増えてきた。
さて年明け早々、出版界に気になるニュースが飛び込んできた。まず出版市場の2兆円割れ、次いで電子書籍デバイスの拡充だ。このニュースは当然リンクしている。前者は市場全体の落ち込みのひどさを裏打ちするもので、そこに驚きはない。まぁ、そうなんだろうなという感想だ。
でも、と思う。
今までの市場がどこか背伸びした空疎なものではなかったのかなと。電子書籍もアマゾンのKindle、ソニーのReader、アップルのIpadにしても、個人的な感想をいえばまあこれくらいは考えてくるだろうなというものだ。書籍がそれらに駆逐されてしまうという人もいる。だがそうだろうか。
もしかしたら今まで本を読まなかった人が物語を読むいい機会になるかもしれないし、書籍の世界だって指をくわえてそれを見ているほど、携わっている人間はおろかではない。書籍でしかできないたくらみを練って読者を呼び込めるはずだ。
とにかくいちばん大切なのは紙とか電子とかというパッケージではなくて、どんなソフトを提供できるのかということ。出版社はまずもっていい作品、面白い、役に立つ本をだすことに全力を使わなくてはいけないのだ。不況だから、なんて眠たいフレーズを口にする人はすぐに市場から退場してくれと真剣に思っている。
さて次は嬉しいニュース。第142回直木三十五賞が決まった。どちらも私がずっとファンだった方だ。「受賞帯」が巻かれた重版分が店頭に並んでにぎやかになった。
“生きる”ということに全力を尽くす
美しい姿がここにある
まずは『ほかならぬ人へ』(白石一文) から。
主人公は自分を「きっと生まれそこなった」と思って生きてきた宇津木という27歳の青年。製薬会社を中心にしたコンツェルンに連なる名家に生まれ、父は大学教授、長兄と次兄もそれぞれ優秀な研究者だ。宇津木の学力は兄たちと比べると飛びぬけて悪かったが、他者から見るとまったく不自由のない家庭。それが宇津木には息苦しい以外の何者でもない。
そして自分は兄たちとは違い普通の大学を出て普通のスポーツ用品メーカー「YAMATO」に入った。宇津木には妻・なずな、「YAMATO」には女性上司の33才になる東海さんがいる。なずなは彼女が池袋のキャバクラ嬢をしていたときに宇津木が一目ぼれした美人。家族の反対を押し切って結婚した。
このとき、 家族が反対したのには理由があった。宇津木には幼少期から事実上の婚約者、渚がいたからだ。そして東海さんは有能なのだが本人も自称するように「ブス」「ブサイク」なのだった。ストーリーは宇津木を中心にこれらの女性が交差して進んでいく。
いくつもの複線がたくみに絡む。なずなは実はかつての恋人と関係が切れていなかった。渚は心に秘めた男がいた。だがその男にも意中の女がいる。東海さんの過去もまた簡単ではなかった。
ここに 真剣に生きる男女の姿があった。生きるということに全力を尽くしている姿が美しい。生と死は表裏の関係からその分、死も身近にあるということが分かる。
作品中にちりばめられたフレーズが読者の胸を刺す。
「みんなそれぞれに重い荷物を背負っている。一人一人別々の苦労を抱えて必死に生きている。僕だって君だってそうだ」
「誰もが現実から目をそむけているだけで、しかし、いつかは必ず自分自身がそうした死に直面する状況に追い込まれる。そして人は死ぬ。生きているからこその辛さなど、辛いと感じられるだけならまだましに違いない」
そんなフレーズが読後も何度頭から離れない。 「ほかならぬ人」、その大切さを感じられる人は幸せだ。さて、あなたにはいますか?
→では、もう一つの直木賞『廃墟に乞う』をご紹介します。
- 1
- 2



