bookコンシェルジュ

温かみのあるヒューマンドラマが
まだ来ぬ春を呼びよせる


『廃墟に乞う』(佐々木譲)もまた傑作だ。

主人公の設定がいい。仙道は北海道警の警部補だが、いまは休職中の身。とある事件を機にPTSDを抱えていた。その治療のために自宅療養を命じられている。その療養も11ヶ月を過ぎ、次第に精神状態も良くなってきていた。復帰までもう少し。そんな仙道に事件が舞い込んでくる。もちろん休職中なので当然捜査権も逮捕権も警察手帳も情報も入らない。だが、そのフリーハンドの立場ゆえに、事案が飛び込んでくるのだ。

まず、「オージー好みの村」は真冬のニセコが舞台。リトル・シドニーとも言われるほど、ここ数年オーストラリア人がこの村に大量に訪れ、それに伴い日本人とのトラブルも増えてきているという。仙道への依頼もオーストラリア人がらみの事件だ。

26歳の日本人女性が殺された。容疑者として調べられているのは、被害者が一週間前まで働いていたレストランの経営者で、死体の発見現場である貸し別荘の管理人でもあるオーストラリア人の男。そのオーストラリア人を良く知る女性が依頼してきた。警察が何かとトラブルの原因になっているオーストラリア人を目の敵にしているために犯人に仕立てられているという。札幌からニセコにやってきた仙道は地元の警察に煙たがれながらも情報を集め、この地で不動産をめぐる対立が水面下で起きていることを知る……。

表題作の『廃墟に乞う』も今の北海道の現実を如実に小説化している。

温泉療養をしている仙道のもとにかつての上司から一本の電話が入った。2日前に千葉の船橋で起きた殺人事件の手口が、13年前に仙道とその上司が捜査にあたった事件のそれに酷似しているという。13年前の事件の容疑者だった男はすでに服役を終えているかもしれない。仙道はその事件の容疑者も被害者の名前も思い出せた。容疑者の貧しくて暗い過去が事件の契機になっていた。あの男が今度は千葉で同じような事件を起こしたのかもしれない。そんな折、地元紙の記者から連絡が入る。「タムカイ」と名乗る男が仙道に連絡を取りたいと新聞社に電話をかけてきたという。タムカイとは13 年前の事件の被害者の名前だった。

派手な事件も、難解な謎解きもない。超人離れした刑事が登場するわけでもない。でも、登場人物、とりわけ仙道の懐の深さというか、他者への「優しいまなざし」というか、その温かさが伝わってくる。刑事だって万能ではない。事件の当事者と同じように人間だ。そんな当たり前のところにスポットライトを当てた最高に面白い人間小説だ。

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