(2009/07/24)

いまだから、読んでほしい逸作
「旅に出るのに理由はいらない」とはよく聞くフレーズだ。こんなこと
を平気で口にするのって、どんな奴? と思うものの、ちょっとカッ
コいい。旅をしたくなったら、必要最低限の荷物となけなしの金を持っ
てただ旅に出ればいい、それだけのこと。ふらっと旅に出て飛行機に
乗って、ビールでも飲んで、忙しさにかまけて読めていなかった本を
開く。窓の外には水平線……。「ああ、気持ちいいんだろうな、そんな
旅は」と、空想は限りなく広がるのだけれど、そんな旅とは真逆なの
が今日のような出張だ。出張には明確な理由と上司の決裁が必要。サ
ラリーマンとは、個人の気分などはまったく関係なく、仕事の都合だ
けで旅に出ていく者である。
出版社の販売促進という仕事柄、自分の担当エリアの書店に、ほぼ毎
月のように出張して自社商品の告知、店頭での展開の徹底(店内でよ
りいい場所に置いてもらう)などを行っている。もちろん自社の商
品については、読んでいて当たり前だ。しかし実際は単行本、文庫、新書、
コミックと毎月数十冊が刊行されるので全点は到底無理。それでも、
これはという作品だけでも読まなければならない。刊行されたものだ
けでなく1、2ヶ月後に出る予定の作品のゲラも読む。そのほかにも
書店で薦められたり、自分の好みで買う本も合わせると毎月15 冊以上
は読んでいるだろうか。
販促の仕事のひとつは、たとえば今なら書店に、「『1Q84』だけじゃ
ない、幻冬舎にもおもしろい本がありますよ」と、アピールして回るこ
とだ。
それにしても『1Q84』は本当に売れた。他業種に比べると、マーケ
ティングという感覚が圧倒的に劣っている「出版業界」が生んだ久々
のヒット作である。個人的には、版元と著者だけでなく、出版界全体
で検証して今後につなげる必要があると思っている。
さて、今回全国の書店で薦めて回っているのが、『最も遠い銀河』上下
巻(白川道)だ。
自社の商品だから薦めていると思われるのが癪になるくらいすばらし
い。こんな本がウチから出るんだ、これを書店に薦めることができる、
そんな喜びが感じられる作品は年に何作もでるものでもない。
主人公は新進気鋭の建築家・桐生。その容貌は同性からも嫉妬に似た
感情で見られるほど端麗、権力や権威と無縁では名を成すことができ
ない世界に身をおくが決して媚を売ることなく、その才能は今、東京
で花開く寸前だった。
大学時代からの友人たちとは熱い友情で結ばれているが、なぜかそれ
以前の過去を知るものは少ない。そして、ある日、桐生がふと訪ねた
銀座の画廊で、茜という女と出会ったところから本書のストーリーは
大きく動き出す。
茜は桐生がかつて極貧の頃をともに生きた恋人・美里に瓜二つだった。
そんなはずは……。すでに美里は死んでいる。茜は大企業「サンライ
ズ実業」の令嬢だった。この瞬間、いくつにも交錯していた運命が、
それぞれの意図を超えてさらにねじれていく。うねっていくと言って
もいいかもしれない。桐生が決して明かすことのない過去、亡き恋人
に誓った野望、もう誰も好きにならないと思っていたのに、次第につ
のる茜への思い、人知れぬ過去をともに過ごした友人たちとの時間を
経ても変わらぬ友情。やがて、自らは「がん」に蝕まれながらも、桐
生を次第に追い詰める元刑事が包囲網をじりじりと狭めていく。登場
人物の皆がそれぞれ魅力的で、読者はその誰かに必ず感情移入してし
まうはずだ。
上下巻の2 段組、このヴォリュームが織り成す物語は読む人によって
はラブストーリーと受け止めるかもしれないし、あるいはミステリ、
ハードボイルドとなるかもしれない。ただ、描かれているのは運命に
翻弄されながらも必死に生きる人間たちだ。
作中にでてくる言葉もグッとくる。「日なたに落ちた種子は、日陰に落
ちた種子のことはわからねぇ」「ふたつのことを絶対的に信じている。
人間は不平等であるということ。もうひとつは人間は運命的なものに
操られている、ということだ。どんなに才能に恵まれていても、運命
という流れには逆らえない。悪いときには悪いことが重なる」「光が生
まれる朝は誰にも平等なのだ。だけど日が昇るにつれて世の中は不平
等になってゆく。この世の中はそのくり返しなのだ……」。
どの言葉も空疎にならないのは、ストーリーがしっかりして、読む者
の目をそらさない力に満ち溢れているからだ。硬質なエンタテインメ
ントと呼べばいいのだろうか?
最近の、いわゆる甘いだけの小説とは明らかに一線を画しているが、
読む価値は十二分にある。この夏、絶対に読んでほしい作品だ。
そしてもう1 点は、ビジネスマン必読の1 冊。『組織力UP の最強指導
術 部下を活かす上司、殺す上司』(江上剛)。
著者は銀行員時代に総会屋事件の収拾にあたり、映画『金融腐蝕列島
呪縛』のモデルにもなっている。事実、事件の過程ではさまざま人間
模様を見たという。「尊敬できる上司がいるかと思えば、責任回避に終
始する上司もいました。献身的に混乱を収拾しようとする部下もいれ
ば、混乱に乗じて他人を陥れようとする部下もいました。危機的状況
下では、露骨なほど人間性が表れます」。そんな経験を持つ著者による、
働いているすべての人に向けての道しるべになる1 冊だ。
中身は強力なメッセージにあふれている。「自分の出世ばかりを考える
とかえって出世しない」「火中の栗を拾わないと問題の重大さも、その
本質もわからない」「栄転だろうが、左遷だろうが、自分の仕事に対す
るポリシーや哲学をあっさり変えるべきではない。そうでないと結果
的に自分の品格を落とすことになってしまう」。
さて、どうだろう? 耳が痛い人はいないだろうか? 「部下を活かす
上司、殺す上司」とタイトルにあるが、上司だけに読ませるにはもっ
たいない。会社では誰もが上司であり、誰もが部下だ。文庫本だからバッ
グに常に入れておいて、時々読み返すのもいかもしれない。仕事を真
剣に考えること、それはすなわち自分の人生を真剣に考えることだ。
今回から始まった「BOOK コンシェルジュ」は、今、最高に読んでほ
しい本を紹介するのと同時に日々の仕事のなかで聞いたこと、感じた
ことを私なりのフィルターを通じて伝えていきたい。



