(2009/08/24)

夏の終わりに巡りあった“最高級”の小説
1時間前から降りだした雨は、まだ止みそうもない。夕方の突然の雨。月末の金曜日ということで売上を期待していた書店にとっては痛い、恨みの雨だ。本屋にでも寄って、週末に読む本を探そうと思っていた人の手には、荷物になる傘が握られているはずだ。そうなれば、書店の客数は確実に減る。そんな店がある一方で、たとえば郊外のショッピングセンター(以下、SC)に入っているような店は、週末の晴天よりもちょっと曇り空か雨くらいの方が売上が伸びる。外で遊べずにSCで休日を過ごす客が増えるからだ。ほかにも、地下街にある店などは外が暑かったり雨が降ったりすると(もちろん外出もままならないような豪雨は例外だが)、好影響を受けることがある。
今年は雨が多い夏だった。地方によっては床上浸水で商品が濡れる被害を受けた書店もあった。スタッフが書籍の陳列やPOPに手間をかけて1冊でも多く本が売れるようにしているのを知っているだけに、本が水浸しになった光景を目の当たりにした書店員さんたちの気持ちを思うと切なくなる。
もともと、夏の雨は嫌いではかった。小学校にも入らない頃、雨が降れば縁側からそっと素足を出して、濡れているコンクリートの冷たい感触や、飛び出してきたアオガエルをずっと見ているのが楽しかった。もうちょっと成長して運動部にいた学生時代は、キツい練習が雨で中止になるのが本当にうれしかった。
嫌いになったのは、大人になってスーツや革靴が濡れるのが気になるようになってからか。作家の沢木耕太郎は大学を出て就職した大企業に初出社の日、雨でスーツが濡れるのを気にした自分がいやになって、そのまま会社を辞めた。
今、自分は止まない雨をドトールでしのいでいる。つまらない大人になったものだ。俺は深夜特急には乗れないだろうなぁ。
最高を作り上げる男たちは、「フリーター」と「同期」である
イマイチパッとしない天候のなか、今回オススメする1冊目は『フリーター、家を買う。』(有川 浩)だ。
『図書館戦争』シリーズ、『阪急電車』などでブレークしている人気作家の最新作。自社本だけに、作品を校正紙(ゲラ)で先に読めるのも特権だ。
今作は、ほかにあまり類がないフリーターが主人公の小説だ。そのフリーターの誠治はそこそこの高校から一浪してそこそこの大学に入り、そこそこの会社へ就職した、いわば大体平均点な男。その就職したての会社で行われた新人研修で「なじめないな」と思ってしまった。
こういった新人向けの「自己啓発」の研修で、「ドン引き」になった経験は誰にでもある。誠治が「ここは俺の場所じゃない。俺はスタート位置を間違えた」と思うのもよくある話だ。ただ、たいていの人はもう少し我慢する。誠治はそれをしなかった……。3ヵ月で会社を辞めた。最初は簡単に再就職できると考えていた。まだ若いし、体力もあるし。でも、3ヵ月で前職を辞めているのは大きなネックだ。就活のかたわら続けていたコンビニのバイトも些細なことから面倒になって辞め、完全な無職になったころ、折りしも母親が精神的な病に冒されていたことを知る。家庭をまったく顧みない父親と、職探しも中途半端になっている息子。その間でただおろおろするだけの母親は、しだいに精神のバランスを欠いてしまったのだ。誠治は知らなかったが、誠治の家は町内でも仲間はずれのようになっていたのだった。それを知っていたのは、母親と嫁に出て行った姉だけだった。医者の診察は「重度の鬱状態」だった。
25歳、無職の誠治。もう甘えていられない。母親のために、すべてをゼロから始めると決めた。まず就職をして母親を安心させ、一家が団らんできる家をどこか別の町に買うと目標を立てた。就活も再開したが、その傍らで夜間の道路工事のバイトも始めた。最初は理解の無かった父親も次第に協力的になり、誠治の就活にもアドバイスをくれるようになってきた。母親は一進一退ながら、それでもゆっくりと良くなっているようだ。あとは誠治の就職が決まれば……矢先、母親が未遂に終わったものの自殺を図る。どうやら治療薬をしばらく飲んでいなかったようだ。
誠治はダメな自分を自覚しながら、それでも家族のために新しい一歩を踏み出す。学校を出てスムーズに就職した人から見れば、誠治は既定路線から外れている、というかもしれない。だが、ちょっと待ってほしい。誰にとっての既定なんだ? 回り道の何が悪いのか? 読みながら誠治の奮闘に熱くなってくる。就職なんて出来なくてもいい、人間として成長していれば必ずいいことはあるさ、と思えてくる。世にもまれなフリーター小説。必ず感動するだろう。
フリーター小説の次は、一転してこちらの小説『同期』(今野 敏)だ。
舞台は警視庁。捜査1課の宇田川は殺人事件の捜査で家宅捜索を行った。捜索先は赤坂の暴力団事務所。だが、その最中に一人の組員が事務所から逃走する。その男を追った宇田川は銃撃を受けるが、すんでのところで公安刑事の蘇我に助けられた。組員は取り逃したものの、なんとか死なずにすんだ宇田川だったが、なぜあの現場近くにまったく関係のない公安刑事の蘇我がいたのか?
蘇我は宇田川とは年齢も同じ同期だった。バリバリの刑事志望として交番勤務のころから積極的に周囲にアピールしてきた宇田川と、茫洋としていてやる気を前面に押し出すタイプではない蘇我。タイプが違うからこそ、2人は気が合い、宇田川は勝手に蘇我をライバルとして自分の仕事に励んできた。その蘇我は現場にいた理由を「偶然」だという。それを宇田川も信じた、しかし……。
3日後、事態は大きく動く。蘇我が懲戒免職になったというのだ。警視庁内で明らかになったのは、その事実だけ。経緯は一切もれてこなかった。人事データも抹消されているという。蘇我が住んでいた寮やかつての上司を尋ね歩くが、なぜかその行動に上司からストップがかかる。得体の知れない力が動いているのは明らかだった。
やがて、都内で殺人事件が発生。被害者は家宅捜索の現場から逃げ、宇田川に銃を向けた組員だった。蘇我のことを気にしながらも、新たな殺人事件に忙殺される宇田川だが、さらなる衝撃に襲われる。その殺人事件の容疑者として蘇我の名前が挙がったのだ。さらに、宇田川も公安組織から逐一監視されていることもわかった。いったい何が起きているんだ?
容疑者を犯人としてではなく、同期の男としてただただ真相を追う宇田川。しかし、警察組織の壁はあまりにも厚かった……。警察小説の第一人者によるこの小説は、組織の中に埋没しがちな個人と個人のつながりをエンタテインメントに仕上がっている。会社員なら警察ほどではないにしろ、組織の意向が個人の都合よりも優先されるシチュエーションも多い。決してあきらめない男たちの姿に力をもらえるはずだ。世間にあふれる警察小説のなかでも一押しの作品だ。
最近は中途採用が当たり前になり、昔ほど「同期」と呼べる友人を持つ人は少なくなっている。「あいつとは同期なんで……」、そんなことをいえる環境にいる人が、ちょっとうらやましくなった。
たまたま今月のオススメの本が「フリーター」と「同期」という仕事関係をテーマにしたものになった。最高級の小説は、読んでいて面白いだけでなく、その後もなんだかずっと考えさせられる。夏の終わり、そんな作品に巡りあえた。



