デキるリーダーの落とし穴

(2009/12/24)
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「誰とでも打ち解ける社交家タイプ」が陥りがちな

“カンチガイ”リーダーシップとは?


p01_02.jpg 営業マンあがりのF氏の得意技は、酒の席で相手を懐柔すること。「一度、飲みに一緒に行って打ち解ければ、あとはうまくいく」とよく豪語している。事実、F氏がいる宴会は、いつも話が盛り上がり、楽しい。F氏は、誰とでも分け隔たりなく話し、屈託なく相手のふところに飛び込んでいく。率直にものを言うが、その言い方が嫌味にならない。そんなF氏を慕う部下は大勢いて、社内の人気者であり、もちろん顧客からの評判も上々であった。

F氏の率いる部署の業績は社内でもトップクラス。それが認められ、F氏は事業部長に昇格した。国内市場には成長の余地がなく、事業のさらなる業績向上を目指すべく、F氏は海外事業のてこ入れを図ることにした。

そんな折、イギリスから大事な取引先が訪日することとなった。事前に探りを入れてみると、そのイギリス人は酒好きだという。しめたとばかりに、F氏は、ぬかりなく接待を計画する。接待では、お座敷の料亭に案内し、日本酒と日本料理をふるまった。F氏の英語力は日常会話程度だったが、知っている単語をつなぎ合わせて会話する能力があった。もちろん、英語が堪能な部下も同席し、F氏の英語力が及ばないところは補った。会話と共に酒がすすみ、酔ったF氏は、最後にイギリス人の肩を抱きながら「マイ・ブラザー!」と連呼した。

翌日の商談でも、F氏は常に友好的な態度で接し、彼らを魅了しようとした。彼らの、やや一方的ともとれる要望に対しても、「わかりました」「ベストを尽くします」「検討します」などとかわし、最後には、「日本という国は特別であり、あなたたちの要望のすべてが受け入れられるかはわからない」と、釘もさしておいた。

そして翌週、イギリスの現地法人から電話が入った。「先日、訪日したお客様は、ずいぶんと不満げです。一体、何があったのですか?」
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「自分のスタイルがどこででも通用する」と
過信しないリーダーになろう


ある環境の中で活躍できているリーダーが、別の環境でも通用するかというと、そうはいかない。部署が変わったとき、転職したとき、そして海外を相手にしたとき、リーダーの落とし穴がある。前の環境では当たり前だったことが、新しい環境ではそうでなくなる場合がある。強みがむしろ弱みに転ずることすらあるのだ。

実際、F氏に起きていたことがまさにそれであった。英国人の顧客は、F氏との経験を次のように語った。

「酒の場でF氏は異様に盛り上がり、不気味だった。いきなり馴れ馴れしくされ、何事かと思った。また、翌日のミーティングでは、F氏の言うことのすべてが曖昧で、会話が成立しなかった」

F氏が、グローバルな環境においても活躍するためには、日本が世界全体から見て相対的にどうなのかを認識することから始める必要がある。

イギリスの街には、至るところに「パブ」があり、仕事帰りに酒を飲む人は少なくない。なので、F氏が客に酒をふるまったのは問題なかった。ただし、イギリス人は、夕方に1、2杯ひっかける程度で、あまり遅くまでずるずると飲み続けるのは好まれない。また、さらにまずかったのは、酔った勢いで馴れ馴れしくしたことだ。

この点をもう少し深く言及すると、異文化を分析するひとつの軸に、状況対応的VS普遍的というのがある。日本人は極めて状況対応的であり、欧米人は普遍的である。日本人が「本音と建前を使いわける」のも、「TPOをわきまえる」のも、状況対応的な考えがベースにある。しかし、欧米人からすると、酒の場であっても、ビジネスはビジネス。したがって、仕事の場とお酒の場で日本人が豹変するその姿に、ショックが隠せない。そして、相手を信じられなくなってしまう。

F氏が「日本は特別だから」と言ったことも、普遍主義の欧米人には受け入れがたい。普遍主義においては、真実や正義は日本でもイギリスでも同じはずだと考える。多くの日本人がこの一言で、外国人からの要求や介入を防ごうとするが、彼らにわかるロジックで日本の特殊性を説明しなければ、納得してもらえない。

グローバルな場で活躍するリーダーになるには
低コンテキストのコミュニケーションを習得しよう


また、異文化を理解するもう一つの軸の例として、エドワード・ホールの「高コンテキスト・低コンテキスト」モデルを紹介しよう。

コンテキストとは「文脈」という意味で、コミュニケーションをとりまく物理的、社会的、心理的、時間的なすべての環境を指し、これがコミュニケーションの“形式”と“内容”に大きなインパクトを与えていると考える。低コンテキスト文化の人は、「言葉によって語られた内容そのもの、情報それ自体」に注目するのに対し、高コンテキスト文化の人は、「非言語メッセージ全般や、対話する者同士の関係性、社会的背景、対話がもたれた場所やタイミング、その時のムード」なども含めた上でコミュニケーションをしている。

日本人は、最も高コンテキストの文化だとされている。私たちは同僚が発する「わかりました」が、“心からやりたくて引き受けた”「わかりました」なのか、“いやいや引き受けた”「わかりました」なのかが、だいたいは聞きわけることができる。他方、典型的な低コンテキスト文化だとされるイギリス人に、同じような状況で「OK」と言ったなら、それが積極的なOKなのか、消極的なOKなのか察してもらえる確率は低い。

異文化状況で仕事をする際は、高コンテキスト文化の人がより大きなチャレンジと適応を求められる。私たち日本人は、日常的に無意識に行っている文脈に頼るコミュニケーションをきっぱりと捨てて、「言葉によるコミュニケーション」にシフトしなければならない。特に、人間関係づくりに精を出し、「あとはわかり合えるようになる」と信じているF氏のような人は要注意だ。

イギリスに限らず、アメリカも低コンテキストの国だ。よく「何でもかんでもアメリカナイズするのはいかがなものか」という声を聞くが、訳もなくアメリカを批判してはいけない。低コンテキストは、グローバルに物事を進めるのに便利であるということを認識し、世界中の人と渡りあうリーダーの条件と心得よう。

筆者紹介

黒田由貴子 Yukiko Kuroda
慶應義塾大学卒業後、ソニーに入社。ハーバードビジネススクールにて経営学修士(MBA)取得。現在は、ピープルフォーカス・コンサルティング代表取締役として、組織やリーダー開発に関するコンサルティング業務を精力的に行っている。
http://www.peoplefocus.co.jp/professionals.html
http://pfcod.exblog.jp/

『ファシリテーター 甦る組織』 (芦崎治著)

 

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