「何でもできるスーパーマン」タイプが陥りがちな
“カンチガイ”リーダーシップとは?
D氏は、36歳で、IT関係の会社を起こして4年になる。もともと前職がシステムエンジニアだったこともあり、ITの技術に精通していたD氏。さらに独学で最先端の技術を習得し、新しいITサービスを開発して起業に至った。経営においては、起業当初の3ヶ月で数十冊の経営書を読みこなすなど、MBAホルダーレベルでは太刀打ちできないほどの知識を持っている。
D氏は、技術開発も経理も営業もすべての面において、何でもこなし、立ち上げた会社は順調に伸び、4年間で社員も60人にまで増えた。しかし、D氏は今、会社が転換期に来ていると考えていた。それまでは、D氏がすべての業務において社員に指示を出していたのだが、さすがに60人以上となると、D氏の目が行き届かない。安心して任せられる優秀な社員がいればいいのだが、D氏から見ると、社員は“使えないやつ”ばかりだった。「簡単な仕事でもミスをする」「同じミスを繰り返す」「議論してもろくな意見を言わない」「何の提案もしてこない」と、D氏の不満は募るばかりだった。
「自分の右腕となる者がいれば……」と、人材紹介業者に高い金を払い、有名企業から何名か引っ張ってきたのだが、ふたをあけて見れば、彼らの実力は自社のダメ社員と大差ない。もしかすると、小さなベンチャー会社だから、なめているのかとさえ思える勤務態度だった。1年半ほどして、やはり彼らは辞めてしまった。D氏としては、「所詮使えないやつらだ。辞めてもらってちょうどよかった」と、考える。しかし、「一体、優秀な人材はどこにいるのだろう?」と頭をひねり、また、「この答えが見つからない限り、会社がこれ以上成長することはないだろう」と、感じていた。
能力の基準を自分におかず、
部下それぞれに適した対応を考えよう
D氏は明らかに有能だ。しかし、個人として有能であることと、リーダーとして有能であることは別である。リーダーとしての有能さを考える際には、他者をどう動かすか、他者のパフォーマンスをどれだけ上げさせるかといったことが問われる。
では、部下にパフォーマンスをあげてもらうために、リーダーは何をすべきか。
ケン・ブランチャード博士による、シチュエーショナル・リーダーシップIIというモデルがある(※)。そのモデルが教えることは、極めて基本的なことなのだが、D氏のようなタイプの人は基本から学ぶ必要がありそうだ。
シチュエーショナル・リーダーシップとは、リーダーが状況を見極め、それに適した対応をとることを意味している。したがって、リーダーはまず部下の状況を見極める能力がなくてはならない。
見極める視点として、「能力」と「意欲」の2つがある。能力が低ければ、具体的な指示を与える。意欲が低ければ、励ましや賞賛といった精神的支援を与える。能力も意欲も高ければ、任せておけばよい。ブランチャード博士は、能力と意欲の組み合わせで、部下の状況を4つの開発レベルに分類している。
例えば……
・開発レベル1:意欲は高いが、能力はまだ身に付いていない状態
・開発レベル4:意欲が高い次元で安定していて、かつ能力も高いという状態
といった具合である。
リーダーのとるべき行動も、指示と支援の組み合わせで4種類としている。部下の4つの開発レベルと、リーダーの4つの行動のマッチングを適切に行えば、指導の効果が上がるというわけだ。 ここで大事なことは、部下の能力と意欲の見極めは、人物単位で行うのではなく、その人物の業務単位で考えるということだ。つまり、「ある人」が「ある業務」を遂行するにあたって、能力と意欲を見なければならない。D氏の社員がすべての業務に対して能力も意欲もないわけがない。「うちの社員は使えない」とおおざっぱに見切ってしまうのではなく、どの業務に対してどういうレベルにあるかをもっと具体的に観察することが必要なのだ。
さらにレベルを見極める際の基準も鍵になる。ゴルフを例にとれば、タイガー・ウッズを基準にしたら、その他のすべての人間が開発レベル4には到達できなくなってしまう。そうではなく、「100以下のスコアでまわる」など人それぞれの目標を設定すべきである。それが達成できたとき、その人の開発レベルは、最初の目標においては、レベル4になったと評価し、その後、さらなる目標を立て、開発レベル1から再スタートさせて、成長させていけばよい。
こう考えると、D氏が部下の能力の基準を自分に置くのは、もっての外ということになる。
ちなみに、D氏だって、技術開発という業務における開発レベルは高いかもしれないが、人材育成という業務においては低レベルだ。だから、D氏は人材育成の方法をブランチャード博士などの先人から、きちんと学んだほうがよい。
自社を成長させたいのなら
「有能な個人」から脱却しよう
起業家には、D氏のようなタイプが多い。有能な個人ゆえ起業できたのだから、偶然ではない。アメリカのように、ベンチャー企業のエグジット・ストラテジー(出口戦略)が立てやすい市場環境だと、会社を立ち上げ、数十人の規模になったところで会社を売却し、またゼロから始めるという起業家が少なくない。自分が「有能な個人」であることの強みと弱みの両方を自覚してのことだろう。
D氏が、事業を売却するのではなく、自力で自社を成長させたいのなら、「有能な個人」から脱却し、生まれ変わらなくてはならない。アメリカでもそういう起業家は大勢いる。
※ケン・ブランチャード博士による「シチュエーショナル・リーダーシップII」(SLII(R))モデルの国内販売権は、株式会社ピープルフォーカス・コンサルティングにのみ与えられています。
●次回は、「計画的で着実なタイプ」なリーダーを紹介します。
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筆者紹介
黒田由貴子 Yukiko Kuroda |
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