(2010/04/10)
ほとんどの読者が、すでに情報まみれで暮らしているのではないか、と思う。
TV、新聞、雑誌、ネットの掲示板やブログ、ツイッターから口コミまで。
私は、「もっと情報を」という時代は終わったと感じている。
だから、どう集めるかより「どう捨てるか」「どんな情報を遮断するか」「何を見て見ぬ振りをするか」が大事になる。
というのは、「物知り」と「情報通」とは、似て非なるものだからだ。
たんなる「物知り」では、井戸端会議や酒を飲んだ時の肴としては重宝がられるだろう。でも、価値ある情報の扱いに慣れた人物として評価されることはない。
「情報通」とは、次のような三拍子揃った人物をさす。
(1)情報の「けもの道(価値ある情報が入るチャネル)」の扱いに長けていて、
(2)付加価値の高い情報をゲットする「ヒアリング能力」を持ち、
(3)その情報を編集して「自分なりの情報」を生み出し発信できる人
端的に言えば「自分の言葉で喋り、その発言に責任を持つ人物」という意味だ。
真逆の人物像は、
(1)やたら「誰々がこう言っていた」と話の中味が引用ばかりの人
学校の校長や大学の教授にはこういう人が多い。朝礼で挨拶し過ぎたり学術論文を書きすぎると、こういう人種になってしまうのではないかと勘ぐっている。
(2)TBSのキャスターや日本テレビのコメンテイターと同じジャン? という人
TVの観過ぎで、キャスターや解説者のコメントが乗り移っちゃってる人。いつも「その発言、どっかで聴いたことあるなあ」という感じになる。こういうことを続けていると、TVが乗り移ってTV人格になってしまう(笑)。
(3)「べき論」「理想論」「机上の空論」オンパレードの評論家
現実に即して自分自身が行動した結果ではなく、つねに「べき論」で語る評論家は巷にも多い。とくに日本の「教育」や「(介護を含む)医療」がテーマになると、7から8割がたの人は、このタイプの語り口が支配する傾向がある。
自分がそうなっちゃわないような対策をとるとすれば、「他人の話の引用を極力捨てる(見知った実例やデータを伴う資料はよい)」「TVをなるべく遮断する」「評論家の言うことを見て見ぬ振りをする」しかないだろう。
その上で、情報発信力をつけるには、どうしたらいいだろう?
→次のページでは情報発信力のつけ方を伝授!
TV、新聞、雑誌、ネットの掲示板やブログ、ツイッターから口コミまで。
私は、「もっと情報を」という時代は終わったと感じている。
だから、どう集めるかより「どう捨てるか」「どんな情報を遮断するか」「何を見て見ぬ振りをするか」が大事になる。
というのは、「物知り」と「情報通」とは、似て非なるものだからだ。
たんなる「物知り」では、井戸端会議や酒を飲んだ時の肴としては重宝がられるだろう。でも、価値ある情報の扱いに慣れた人物として評価されることはない。
「情報通」とは、次のような三拍子揃った人物をさす。
(1)情報の「けもの道(価値ある情報が入るチャネル)」の扱いに長けていて、
(2)付加価値の高い情報をゲットする「ヒアリング能力」を持ち、
(3)その情報を編集して「自分なりの情報」を生み出し発信できる人
端的に言えば「自分の言葉で喋り、その発言に責任を持つ人物」という意味だ。
真逆の人物像は、
(1)やたら「誰々がこう言っていた」と話の中味が引用ばかりの人
学校の校長や大学の教授にはこういう人が多い。朝礼で挨拶し過ぎたり学術論文を書きすぎると、こういう人種になってしまうのではないかと勘ぐっている。
(2)TBSのキャスターや日本テレビのコメンテイターと同じジャン? という人
TVの観過ぎで、キャスターや解説者のコメントが乗り移っちゃってる人。いつも「その発言、どっかで聴いたことあるなあ」という感じになる。こういうことを続けていると、TVが乗り移ってTV人格になってしまう(笑)。
(3)「べき論」「理想論」「机上の空論」オンパレードの評論家
現実に即して自分自身が行動した結果ではなく、つねに「べき論」で語る評論家は巷にも多い。とくに日本の「教育」や「(介護を含む)医療」がテーマになると、7から8割がたの人は、このタイプの語り口が支配する傾向がある。
自分がそうなっちゃわないような対策をとるとすれば、「他人の話の引用を極力捨てる(見知った実例やデータを伴う資料はよい)」「TVをなるべく遮断する」「評論家の言うことを見て見ぬ振りをする」しかないだろう。
その上で、情報発信力をつけるには、どうしたらいいだろう?
→次のページでは情報発信力のつけ方を伝授!
|
筆者紹介
|
back number
|

藤原和博 Kazuhiro Fujihara


