もう一つ、陥りやすい隘路(あいろ)があるので、ついでに触れておく。
算数や漢字、英語など、記憶をいっぱいさせなければならない「反復学習」では、小さな悲劇が起こりがちなことだ。それが、大きな事件になることもあるのだから、どんな親でも気をつけるに越したことはない。
私は講演会のさなかに、子育て中の参加者に対して、よくこんな質問をする。
「計算や漢字を我が子に教えている時、ピアノでも野球でも、反復練習が必要なものを教えている時に、あまりにも覚えが悪かったり簡単な間違いを繰り返すので叱ったり、怒っちゃったり、キレちゃったりしたことはありませんか?」と。
すると、たいていの親は身に覚えのあることなので苦笑しながら手を挙げる。手を挙げた親は、みな、熱心な(愛情あふれる)親なのだと思う。
ピアノを始めたころは「上手ねえ」などと優しく教えていたのに、横について教え続けているうちに、しゅっちゅう同じところを間違えるのにキレて我が子の手を叩いてしまったというようなことは、どんな親子にも普通に起こる。
人間には、自分に顔の似た(DNAを色濃く遺伝させている)子が、自分自身が簡単にできることをいつまでもできないでいると、苛立ってしまうクセがある。自分自身ができなかったころのことは、すっかり忘れて(笑)。
反復を伴う練習については、親が直接やると、なかなか、ややこしい。
だから、学校という制度が生まれた。
なぜ、学校では、先生たちは「できない子」に平気で教えられるのか?
それは、他人の子だからだ。
他人の子だと、むしろ、「できないとカワイイ」という感情さえ抱く。
考えてもみて欲しい。あなたが先生だとして、30人の学級全員が自分の子だったら、その「できないこと」にキレまくって仕事にならないだろう。
以上述べてきたように、「子育ての法則」は次の通りだ。
法則1:子育ての手法に「正解」はない。
法則2:才能の発揮には、親の影響より時代と環境全体の影響が強く作用する。
法則3:私立に入れれば幸せになれる、とは限らない。
これらをちゃんと理解すれば、過剰にナーバスにならず、ドーンと構えて試行錯誤の子育てができるのではないだろうか。
「こども手当」の導入に合わせて、「正解主義」を脱した考え方が広がり、少子化問題に少しでも貢献できたら嬉しい。
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藤原和博 Kazuhiro Fujihara


