(2011/10/24)
今回の相談者
製版業 社長 平田泰造(53歳) 役員 久保利通(46歳)
この危機は回避できるか<その2>
平 田: 先生、こんばんは。急にお呼び立てして申し訳ありません。
久 保: お久しぶりでございます。
税理士: こんばんは。大分お疲れのようですね。気のせいでしょうか。
平 田: 気のせいだと思いたいのですが、久保も私も、精神的にはもう限界というところまで来ています。そうした弱音は、社内では見せるものかと気張っていますが、従業員の中には、勘のよい者もおりますから、そろそろ気づかれているかもしれません。
税理士: 社長のところは、金融円滑化法の申請もなさっていませんし、従業員さんをリストラしたということもありませよね。何より、ギリギリでも黒字を維持しておられるから、そのようにお疲れになることはないのではと思いますが……。
久 保: 社長は心配性なのです。その性格は知っていますが、業界全体が著しく縮小しているのは確かです。市場そのものに未来がないのです。実際、黒字は維持していますが、売上高は3期連続して下がっています。固定費を削減しながら、何とか黒字を維持してきたという極めて消極的な黒字です。
平 田: 借入金の返済原資は当然生み出せていませんから、返済資金は新たな借り入れで回しているのですが、この繰り返しには未来がありません。売上が4期連続で減収ということになれば、銀行もいつまで、同じスキームで付き合ってくれるかわかりません。ここらが潮時かと……。
税理士: 売上高を上げる手立てがないということですか?
平 田: 業界そのものが恐ろしいほどのスピードで縮小しているのです。消滅に向かって進んでいるといってもいいでしょう。
久 保: まだ新たな事業年度に入ったばかりですが、今期も売上減は必至です。材料がないのです。このままなら今期はもう黒字を出すことはできません。
税理士: お察しします。しかし同業他社も環境は同じですね。
平 田: バタバタと廃業しています。ですから、我慢比べだと思ってきました。苦しいですが、資金調達を重ねて持ちこたえられれば、わが社は生き残る数社の1社になれると信じていました。
税理士: 信じられなくなったと……。
久 保: 社長は、弊社の品質の高さを売りにしていました。どれほど市場が小さくなろうと製版業がなくなる筈はない、と信じていたのです。品質の高い企業だけが勝ち残る。その1社になることを目指して、我慢の経営を選択してきたのです。
税理士: 事情が変わったんですね。
平 田: 顧客が、品質にこだわらなくなってしまったのです。日本の印刷は、屈指の技術と感性に支えられて今日まで発展してきました。私は、その印刷業を陰で支えているのが製版の技術だと信じてきました。これは世界に誇れるものでした。しかし感性を大切にしたり、とことんこだわるという価値観が消えてしまったのだ、ということを認識せざるを得なくなったのです。コンピュータの出現が忌々しい限りです。
税理士: コンピュータがいかに優れようとも人間が作り出す世界には到底及ばないと、かつてはおっしゃっていましたね。
平 田: 今でもそう思っています。しかしユーザーは、コンピュータが生み出す世界で満足してしまったのです。はじめは信じられませんでした。新しさに飽きたら帰ってくるだろうという予測だったのですが、そうはなりませんでした。
税理士: それで精神の糸が切れてしまったと……。
平 田: まだ切れていません。しかし、自らの手で切るのも一つの方法かと思い、本日お時間をいただいた次第です。このようなご相談でお時間をいただき、恥ずかしい限りです。本当に申し訳ありません。
税理士: 久保さんも同じお考えなのですか?
久 保: 社長の経営方針の下で今日まで働いてきましたから、基本的には同じ考えです。製版の仕事は少なくなる一方ですが、社には30人近い社員がいます。彼らの生活を維持しなければなりません。遊んでいる技術者を営業に回して、市場を拡大しようと試みましたが、自分は技術者だからと嫌がる者がいますし、営業に出ても仕事先を本気で開拓する者がなかなかでません。社の状況をどれほど説明しても、会社は潰れないと思いこんでいるのです。3年奮闘しましたが、教育する気が萎えそうです。そこへ、今回の社長のお話があったものですから……。
平 田: 久保はよくやってくれました。私の先見力の弱さが、彼らの夢を潰してしまいました。経営者失格です。
税理士: 「よくやってくれました」「潰してしまいました」「失格です」後悔の言葉が重なりますね。ではもう会社を閉じるという方向でお話を進めてよろしいのですね。
平 田: えっ! いきなり結論ですか。
税理士: 結論をお持ちになってこられたように伺えたので。
久 保: ちょっと待ってください。そうなのです、そうなのですが……。
平 田: 先生、結論を出す前に、何か助言はいただけないでしょうか。
税理士: 社長や久保さんがご本業に命をかけて今日までお仕事されてきたのです。私には伺い知れないご苦労がこれまでにも多々おありでしたでしょう。何より社長は、製版業を愛しておられる。その社長を久保さんは心から尊敬され、今日まで参謀として活躍されてきました。そのお二人が悩みに悩んで結論を出し、今夜お話しくださった。そのお心をまず、尊重させていただきます。本当にお疲れさまでした。その上で、助言めいたことを申し上げるのをお許しいただけるのでしたら、一つよろしいですか?
平 田: ありがとうございます。待っていました。
久 保: お願いします。
→次ページでは、名文とともに「企業」について考えていきます。

山下明宏 Akihiro Yamashita


